新型コロナウイルスと血圧の関係についてNEJMで学ぶ

新型コロナウイルスが全世界で猛威を振るう中、医療の最先端ではどのような議論がなされているのだろうか?

バイオ・メディカル関係の翻訳をするためには、このことを知っておかなければならないと考え、The New England Journal of Medicine(NEJM)を読むことにしました。

NEJMは、世界でもっとも権威ある週刊総合医学雑誌の一つです。

世界全体の総発行部数は、医学雑誌では最大の25万部以上で、すべてが有料購読者に提供されているとのこと。

そのNEJMが2020年4月現在、新型コロナウイルスに関する論文をオンラインで無料公開しています。

<NEJM特設ページ>
https://www.nejm.org/coronavirus?query=main_nav_lg

その中で、“スペシャル・レポート”として上梓されたCovid-19患者におけるレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害薬』と題する論文を読み、理解を深めていく過程を本記事にて記載したいと思います。

かかる論文はブリガム・アンド・ウィメンズ病院、ハーバード大学医学大学院などの心血管部門に所属する医師や医学博士らにより執筆されたものです。

執筆の背景には、Covid-19(2019新型コロナウイルスによる急性呼吸器疾患)患者において、血圧の上昇を阻害する薬を投与すべきか否かという議論が医療の現場でなされており、専門家による見解が急を要して必要とされていました。

この論文では複数の専門家による考察が詳細に記述されています。

その内容を読み解くためには、前提として血圧と新型コロナウイルスの基礎知識が必要です。

本記事ではまず、血圧とその体内の調節システム、次に新型コロナウイルスの特徴や感染経路について解説し、最後に論文の概要を紹介しながら、血圧調整システムと新型コロナウイルスとの関係性について学んだことを記していきたいと思います。

血圧について

血圧とは?

血圧とは『医学大辞典 第20版』(南山堂) によれば、“心臓から送り出された血液が血管壁に及ぼす圧力”のことを指します。

血圧は血液が血管内を流れるのに必要な圧力です。生体がエネルギーを作り、さまざまな物資の吸収や排せつを行い、安定した状態を維持するためには、絶えず全身に血液を循環させることが必要となります。

血圧が低下するとどうなるの?

低血圧は大きく2種類に分けられます。

  1. 急性低血圧:立ちくらみや失神など
  2. 慢性低血圧:疾患によるもの(症候性)とよらないもの(本態性)にさらに分かれ、症状としては疲労感、めまい、肩こり、発汗、不眠、食欲不振などがあります

では血圧が低下した場合、生体はどのようにして血圧を通常の状態に戻すのでしょうか?

血圧上昇のメカニズム

ヒトは体内の血圧を調節するメカニズムを進化の過程で獲得しました。

レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(Renin-Angiotensin-Aldosterone System、以下RAAS)とは、血圧が低下するとそれを元に戻そうと調節を図る体内のシステムです。

まずはこのシステムがどういう働きをするか全体像を俯瞰してみます。

それでは一つ一つ順を追って見ていきましょう。

初めに、体内でナトリウムや水分が失われると体内をめぐる血流量が減少し血圧が低下します。

次に、腎臓にある傍糸球体装置という尿の量を調節する細胞が、血圧の低下を感知し、レニンを血中に分泌します。

レニンとは蛋白質を分解する酵素で、その基質(酵素が反応する相手)はアンジオテンシノゲンです。

アンジオテンシノゲンは肝臓から血中に分泌されており、レニンがその一部を分解してアンジオテンシンⅠに変換します。

アンジオテンシンⅠは、主に肺や末梢血管でアンジオテンシン変換酵素(ACE)の作用によりアンジオテンシンⅡに変換されます。

アンジオテンシンⅡは受容体(タイプ1)に結合することで、血管を収縮させて血圧を上げる役割を担います。

加えて、アンジオテンシンⅡは副腎皮質に作用してアルドステロンの分泌を促進。

アルドステロンは腎集合管におけるナトリウムと水の再吸収を促進するので、体内をめぐる血流量が増加し、血圧が上昇していきます。

以上のようなバトンリレーの反応はカスケード反応と呼ばれています。このようにして体内では血圧の低下が回避され、絶妙なバランスが取られているのですね。

では、仮にRAASが過剰に機能し、血圧の上昇が止まらなくなってしまった場合、どのような症状が生じるのでしょうか?

血圧が過剰に上昇するとどうなるの?

一般的に高血圧とは、安静時の静脈圧が持続的に一定基準を超える状態であることを指します。

詳細な数値による血圧の分類については、下記の表をご参考ください。

出典:MSD『MSDマニュアル家庭版』高血圧

高血圧の症状は、頭痛、疲労、吐き気、嘔吐、息切れ、不穏(落ち着かなくなる)などです。

高血圧は心不全、心臓発作、心臓突然死などの心疾患や、腎不全、脳卒中を起こすリスクが高くなります。高血圧は脳卒中の最大の危険因子です。

血圧上昇を防ぐには?

高血圧の治療としては、まずは食事や運動などの生活習慣を見直すことがよく知られています。

一方で本記事においては、先に紹介した血圧を上昇させる体内のシステム、RAASに関連した薬物療法と、体内の血圧上昇抑制作用について着目したいと思います。

薬物療法

まずは血圧上昇を防ぐ薬剤についてみていきましょう。

■ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬

ACEは主にアンジオテンシンⅠをアンジオテンシンⅡに変換する酵素です。ACE阻害薬を使用することで、血管を収縮させて血圧を上げる機能を持つアンジオテンシンⅡの生成を阻止し、その働きを阻害することができます。

■ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)

ARBはアンジオテンシンIIの作用を直接的に遮断します。つまり、アンジオテンシンIIとその受容体との結合を防ぐ働きを有し、血圧の上昇を防ぎます。

ACE阻害薬およびARBは、降圧療法において第一に選択される薬剤として、高血圧の患者さんに投与されています。

ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)

次に、体内の血圧上昇抑制作用についてみていきます。

RAASによる行き過ぎた血圧上昇を抑制するために、体内にはACE2(アンジオテンシン変換酵素2)という酵素が存在します。

ACE2は主にアンジオテンシンIIをアンジオテンシン(1-7)へ変換し、アンジオテンシンIIの機能を消失させることで血圧の上昇を妨げます。

このように、通常の体内では血圧を上昇させるアクセル(RAAS)と抑制させるブレーキ(ACE2)を巧みにコントロールすることで血圧が適正に保たれているのです。

しかしながら、このACE2を利用して勢力を拡大しようとする体外からの侵入者が存在します。

そうです、SARSコロナウイルスおよび2019新型コロナウイルスはACE2と結合することで人体に侵入し、自己の複製を試みます。

それでは次に、この2019新型コロナウイルスの体内侵入メカニズムについて詳しくみていきましょう。

ウイルスについて

2019新型コロナウイルスの基礎知識

ウイルスとは『医学大辞典 第20版』(南山堂) によれば、“DNAまたはRNAをゲノムとしてもち、ゲノムの周囲を蛋白質の殻で被われた感染性粒子であり、それ自身単独では増殖することはできないが、宿主細胞に依存して増殖する偏性細胞内寄生体”とあります。

2019新型コロナウイルス(SARS-CoV-2、以下新型コロナウイルス)は、コロナウイルス科に分類されています。

コロナウイルスとは一本鎖プラス鎖のRNA(リボ核酸)をウイルスゲノムとして有するエンベロープウイルスのグループです。

RNAとは核酸であり、核酸とはRNAとDNAの総称で、簡単に言うと遺伝情報を有する物質のことです。

本来DNAとRNAの役割は異なっており、DNAは情報の蓄積・保存を、RNAはその情報の一時的な処理を担っています。

大部分の生物はDNAとRNA両方の核酸を有していますが、ウイルス内には基本的にどちらか片方しかありません。

ウイルスは、全遺伝情報(ゲノム)をDNAとして持つものとRNAとして持つものに分けられ、前者をDNAウイルス、後者をRNAウイルスと呼びます。

RNAウイルスは更に、二本鎖RNAまたは一本鎖RNAのものに分かれ、一本鎖RNAウイルスは更に、プラス鎖RNAとマイナス鎖RNAのものに分けられます。

コロナウイルスは一本鎖プラス鎖RNAウイルスに分類されています。

プラス鎖RNAとは伝令RNAとして働くもので、つまり侵入した細胞内で蛋白質を作るための情報を有しているものです。

エンベロープとは一部のウイルス粒子にみられる膜状の構造のことで、ウイルスの基本構成物質であるウイルスゲノムとカプシドと呼ばれる蛋白質の殻を覆っています。

コロナウイルス科に属する新型コロナウイルス粒子は、直径が50~200 nmほどの大きさで、エンベロープにはスパイク蛋白質と呼ばれる突起が見受けられます。

この形態が王冠に似ていることから、ギリシャ語で王冠を意味する“コロナ”という名前が付けられたそうです。

出典:日経バイオテク『ワクチンが効かない?新型コロナでも浮上する「抗体依存性感染増強」』

ウイルス増殖メカニズム

ウイルスはそれ自身単独では増殖することができません。他の生物の細胞内に感染して初めて増殖可能となり、感染した宿主細胞内で一気に数を増やしてそれらを宿主細胞外に放出します。

宿主とは、ウイルスや寄生虫に一時的または持続的に、栄養や保護を与える場所を提供する生物のことを言い、新型コロナウイルスの場合はヒトがその宿主の一つとなります。

ここで新型コロナウイルスの増殖過程についてみていきましょう。

ステップ1:細胞表面への吸着

新型コロナウイルスがヒトの細胞内へ侵入するには、スパイク蛋白質が重要な働きを示します。

スパイク蛋白質がヒトの細胞表面に露出している受容体と吸着することによって感染が始まります。スパイク蛋白質を鍵と例えるならば、その鍵穴となるのが受容体です。

受容体は本来、体外や体内から何らかの刺激を受け取るためのセンサーであり、これによって体内の免疫が作動するなど、体内の平和を維持する重要な物質です。

しかし、新型コロナウイルスはこの受容体を利用して細胞内への侵入を試みます。

新型コロナウイルスの場合は、血圧上昇を抑制する因子であるACE2を受容体として利用しているのです。

ステップ2:エンドサイトーシス

ACE2を介し細胞表面に吸着した新型コロナウイルスは、エンドサイトーシスという細胞の働きによって細胞内に取り込まれます。

本来エンドサイトーシスは、細胞に必要な栄養を細胞内に輸送し、または細胞外の細菌などを細胞内に取り込んで分解する役割を果たします。

ところが新型コロナウイルスは、このエンドサイトーシスを利用して細胞内への侵入を達成しているのです。

ステップ3:RNAの遊離

細胞内に侵入した新型コロナウイルスは、そこでRNAを覆うエンベロープが分解され、RNAが裸となって細胞内に遊離します。

ステップ4:RNAの複製と蛋白質の翻訳

細胞内に解き放たれたRNAが細胞内のリボソームという構造体と結合することにより、RNA合成酵素が作られます。

RNA合成酵素は、元の1本鎖プラスゲノムRNAを型にして、それをマイナス鎖のRNAとして複製します。

続いてマイナス鎖RNAは、サブゲノミックRNAを作るための型として機能します。

サブゲノミックRNAは様々な蛋白質を合成するために使われるものです。これがリボソームと結合することにより、カプシドやスパイク蛋白質などのエンベロープの元となる蛋白質が合成されます。

また、マイナス鎖RNAは新たにプラス鎖RNAも作り出します。このプラス鎖RNAが先のカプシドと結合することで、ヌクレオカプシドというウイルスのコアとなる部分が作られるわけです。

ステップ5:ウイルス粒子の合成と放出

次いで、ヌクレオカプシドが細胞内にある小胞体に取り込まれる過程で、小胞体膜に組み込まれていたエンベロープ用の蛋白質と結合し、元の新型コロナウイルスの形状が築きあげられます。

こうして複製された新型コロナウイルスは、小胞体からゴルジ体に移動し、輸送されて細胞外へ脱出していきます。

論文について

さて、ここまでのように血圧とウイルスの基礎知識を得たことで、論文の内容を理解する準備が整いました。

内容に関して触れる前にまず、本記事を読まれている方にご注意いただきたいのですが、筆者は医療従事者ではありませんので、以下に記載する内容についてはご参考までに留めていただきますようお願いいたします。

論文内容に関する一次情報の取得については、下記リンクに示す国際高血圧学会による見解をご覧いただくことがよいかと思われます。

<国際高血圧学会による声明>
http://www.jpnsh.jp/topics/669.html

それでは早速取り組んでいきたいと思います。

論文へのリンクはこちら

論文が執筆された背景にあるもの

かかる論文が執筆された背景には、RAAS阻害薬を服用しているCovid-19(2019新型コロナウイルスによる急性呼吸器疾患)患者において、RAAS阻害薬の使用中止を呼び掛ける一部の情報が出回っている状況がありました。

それに対して、その不完全なエビデンスに基づいた情報をうのみにしないよう、臨床医に注意勧告するために論文が執筆されました。

情報が出回った原因としては、臨床前の研究において、RAAS阻害薬の投薬によりACE2の発現量が増加する場合があることが示唆され、このことがCovid-19患者の安全を脅かすのではないか、という仮説が打ち立てられたことにあります。

つまり、気管支、肺、心臓、腎臓、消化器等に発現しているACE2は、新型コロナウイルスの受容体であるため、ACE2の発現量が増えれば新型コロナウイルスが細胞に侵入しやすくなり、症状が悪化する恐れがあるということです。

論文執筆者の主張

上記の状況に対して論文執筆者は下記のように対処するよう臨床医に伝えています。

Until further data are available, we think that RAAS inhibitors should be continued in patients in otherwise stable condition who are at risk for, being evaluated for, or with Covid-19

十分なデータが集まるまでは、Covid-19の危険にさらされている、検査を受けている、または患っており、その他の点では安定した状態にある患者においては、RAAS阻害薬の使用を継続すべきであると我々は考える。(筆者訳)

主張の裏付け

かかる主張は、複数の実験・観測結果、周知事実を考慮して考察されたものであり、主張の根拠となる点は大きく3つに分けられます。

1)仮説を裏付ける信ぴょう性を伴ったデータが明らかに不足していること

論文によれば、RAAS阻害薬の投薬により、ACE2の発現量が増加する場合があることを示唆した研究は、動物実験におけるものであり、さらにその実験結果も一貫性が無いとのこと。

したがって、その結果がヒトに対して当てはまるかどうかは疑わしいと言わざるをえません。

2)RAAS阻害薬が害となるよりも利となる可能性があること

新型コロナウイルスがACE2を通じて細胞内へ侵入する際、そして細胞内で複製する際に、ACE2の機能を低下させる作用をもたらすことが確認されています。

肺においてACE2の働きが弱くなることは、白血球の一つである好中球の細菌毒素に対する反応を促し、好中球による異物排除に伴った炎症で組織が傷つけられてしまいます。

また、ACE2の機能低下により、RAASにおいて産生され血管収縮を促すアンジオテンシンⅡがアンジオテンシン(1-7)へ変換されなくなり、アンジオテンシンⅡが無制御に蓄積され作用するようになります。

論文によると、まだ証明されてはいませんが、アンジオテンシンⅡ活性がCovid-19による臓器障害にある程度関係していることが仮定されています。

上記のようにACE2の機能が低下している状態においては、RAASの活性を妨げるRAAS阻害薬を使用することが臓器を保護することにつながるようです。

また、RAASを調節する物質を意図的に体内に投与することにより、ACE2の機能低下を補う試みも論文内で紹介されています。

例えば、臨床前の他のウイルス感染モデルにおいて、ヒト組換えACE2を投薬することにより、破壊された肺組織が回復するという効果が見られました。

この結果は、組換えACE2蛋白質を体内に提供することで、RAASネットワークのバランスを修復することができるか、また、臓器障害を潜在的に防ぎ得るかどうか、という試験を促すことにつながっているようです。

3) 心臓血管疾患 を患うハイリスク患者に対してRAAS阻害薬の使用を突然中止することは、臨床上の不安定性および症状悪化に陥る恐れがあること

心臓血管疾患を患う患者さんにおいては、Covid-19は特に厳しいものであり、その症状の悪化が見うけられるとのこと。

RAAS阻害薬は腎臓や心筋を守る働きがあるので、それらの投薬中断はハイリスク患者において臨床上不可逆的なリスクとなる恐れがあります。

加えて、RAAS阻害薬は心筋梗塞後の治療の基礎となるものです。論文では、臨床状態が不安定な患者さんにおいて、Covid-19に関連する心筋障害が、RAAS阻害薬の投薬中断後に高い初期リスクをもたらす恐れがあると述べられています。

まとめ

以上のように、人体の血圧調整システムについて、また、そのシステムに関わるACE2を利用した新型コロナウイルスの人体への侵入機序について学んできました。

太古の昔、海水中にいたとされているヒトの祖先は、進化の途上で陸に上がり、塩分不足に陥りました。そこで脱水状態にならないようにナトリウムを保持する必要があり、RAASというメカニズムを発達させました。

“エレガントなカスケード”と称されるRAASは、各因子による絶妙なバランスの上に成り立ち、それが故にそのバランスが崩れると、人体の恒常性は失われてしまいます。

新型コロナウイルスの細胞侵入は、まさしくこのバランスを崩す要因であり、非常に厄介で悩ましいもの。

医療に携わる尊敬すべき方々は、日々、このウイルスの脅威に立ち向かい、治療法を模索されています。

確かな情報が不足している中、ベストな選択肢を見つけることは容易ではありません。

医療の最前線では毎日のように新しい論文や報告書が上げられており、新型コロナウイルスに対する切迫した様子がひしひしと伝わってきます。

本記事にてその様子を少しでも読者の方々に伝えられたならば幸いです。

<参考文献・URL>
・ 『医学大辞典 第20版』(南山堂)
MSD『MSDマニュアル家庭版』「高血圧」
日本ウイルス学会「新型コロナウイルス感染症について」
Paul S.Masters『The Molecular Biology of Coronaviruses』
・『Essential 細胞生物学 第4版』(南江堂)
・『エッセンシャル免疫学 第3版』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)