医療行為と特許

 日本の特許法に基づく審査基準によれば、医療行為を方法発明とした場合、産業上利用することができないとして、その発明は拒絶されます。

 特許法第1条には、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする」と目的規定が置かれていますが、医療行為を特許権で保護することは、この趣旨から外れているのでしょうか?

 医療に関わる特許の翻訳を担う上で、審査基準の根拠を知ることは有益だと考え、医療行為の特許性について学習することにしました。

医療行為の特許性

産業上の利用可能性

 医療行為の特許性を把握するためには、特許法29条1項柱書の内容を理解することが不可欠です。

<特許法29条1項柱書>
産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。

 「産業上利用することができる発明」とは具体的にどのような発明を指すのでしょうか?

 まずは「産業」の定義について確認します。

 特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第1章では、

ここでいう「産業」は、広義に解釈される。この「産業」には、製造業、鉱業、農業、漁業、運輸業、通信業等が含まれる。

と記述されています。

 したがって、定義された範囲外の産業における発明は特許されません。

 しかし、この定義は広義に解釈されたものであり、現在の複雑に絡み合った産業形態を鑑みれば、どの範囲にボーダーを設定するかについては、個別具体的に検討していかなければならないのだろうと想像できます。

 それ故に、判断を容易にするための審査基準が設けられているのですが、特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第1章によれば、産業上の利用可能性の要件を満たさない発明の類型として、以下の3つが挙げられています。

  1. 人間を手術、治療又は診断する方法の発明
  2. 業として利用できない発明
  3. 実際上、明らかに実施できない発明

 このことから、①に記載された内容の通り、医療行為は産業と認められておらず、特許されないことになります(②③については医療行為との関係性が少ないため、ここでは触れないことにします)。

特許保護範囲と医療関連発明の大まかな関係図

特許性

 それでは、なぜ医療行為は特許を受けることができないのでしょうか?

 その理由としては主に、生命・身体の保護が特許権という財産権に優先すべき、という人道上の解釈があるからです。

 医療行為がどのような行為であるかは、特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第1章で下記のように言及されています。

 人間を手術、治療又は診断する方法は、通常、医師(医師の指示を受けた者を含む。)が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法であって、いわゆる「医療行為」といわれているものである。

 仮に医療行為の特許性が認められた場合、医師が患者を目の前にして手術などの治療を行う際に、医師がその行為の特許権侵害性について逐一考慮しなければならなくなってしまいます。

 時間的余裕が無い医療現場においてこのようなことを防ぐために、医療行為に対しては特許権の禁止権を及ぼすべきではないと考えられているのです。

 一方で、医療を一括りにして一様に特許性を否定することは有益ではないという批判もあります。

 そこで、医療に関わる発明を医療行為とそうでないものとに区別するために、「人間を手術、治療又は診断する方法の発明」に該当しない発明として、以下のものが挙げられています。

  1. 医療機器、医薬等の物の発明
  2. 医療機器の作動方法(医師が行う工程等をを含む方法は除く)
  3. 人体から各種の資料を収集するための方法
    ・人体から試料又はデータを収集/分析する方法
    ・人間の各器官の構造又は機能の計測のための予備的処置方法
  4. 人間から採取したものを処理する方法
    ・人間から採取したものを採取した者と同一人に治療のために戻すことを前提としていない方法
    ・人間から採取したものを原材料とした医薬品等の製造若しくは分析方法

 このように、医療に関わる発明でも特許される類型が提示されていますが、技術の変遷はめまぐるしく、それ故に審査基準が複雑化しているというのが現状のようです。

欧米制度との違い

 医療行為の特許性についてさらに理解を深めるために、他国の法制度を確認してみたいと思います。

欧州

 欧州では、日本と同じく、医療行為発明を特許対象としていません。

 従来の欧州特許条約では、医療行為発明は産業上利用可能ではないとされてきましたが(EPC旧52条(4))、2000年の改正によって事実上産業として認められることになりました。

 ただし、EPC第53条(c)が新設され、医療行為は不特許事由に該当するとされています。

 この点において、医療行為の特許性に関する日本と欧州との解釈の差があります。

米国

 他方、米国では、医療行為に対して不特許事由に関する規定を設けておらず、医療行為発明にも特許権が付与されています。

 しかし、原則として医師等の医療行為には免責規定が導入されており、特許権の効力が及ばないことに注意が必要です(米国特許法287条(c))。

 以上のことをまとめると、医療行為に対して日本と欧州は、特許権を付与しないという「川上規制」を採用し、米国は、特許権は付与するが担保措置を設けるという「川下規制」を採用していることが認められます。

医療行為発明に対する権利規制

現行法制度の問題点

 医療に関する発明に対して日本で特許を取得する場合、医療行為ではないものに特許を付与するという審査基準が設けられていることから、医療行為発明を「方法」としてではなく「物」としてクレームすることが権利取得の鍵となるようです。

 しかしながら、このことによって、医療方法を開発した人ではなく、当該医療方法に関する医薬品又は装置を最初に開発した人が特許権を取得する事態に陥り、本来の開発者が保護されないといった問題が浮上します。

 また、現場の医師が特許権侵害のリスクにさらされないために、医療行為を特許対象外としているにもかかわらず、流通してきた特許権侵害品を知らず知らずのうちに医師が使用してしまう恐れもあり、現行法制度では完全にリスクを回避することができないという指摘があります。

 以上のような問題に対処するために、米国の「川下規制」に倣い、医療行為の特許性を認めた上で医師の行為を免責する、という制度改正の必要性が示されています。

 これにより、特許権取得者が、医師に対しては特許権を行使することなく、一方で、技術思想を抜き取って後から製造された医療機器等に対しては、間接侵害として権利を行使することができるようになります。

 なお、立法論が浮上した契機の一つとして、東京高裁平成14年4月11日判決『外科手術を再生可能に光学的に表示するための方法及び装置事件』が挙げられます。

まとめ

 日本においては、医療行為の方法発明は、産業上利用することができないとして特許されません。

 その理由は主に人道的な観点によるものであって、医師の特許権侵害リスクを無くすことが目的です。

 しかし、現状の法制度に適応するために、医療行為発明を「方法」としてではなく「物」としてクレームすることが通例となり、それによるさまざまな弊害が生じているようです。

 それ故に、有識者の間では、米国の「川下規制」に倣い、医療行為の特許性を認めた上で医師の行為を免責するという立法論が展開されています。

<参考文献>
・特許庁『特許・実用新案審査基準第Ⅲ部第1章』
・特許庁『ライフサイエンス分野の審査基準等について』
・比良 友佳理 著「医療行為」『特許判例百選 第5版』有斐閣
・清水 義憲 著「医療行為の特許保護-川上規制から川下規制へ-」
 『パテント』Vol.72(別冊 No.22)、2019年
・廣瀬 隆行 著「医療行為の特許法による保護」『パテント』Vol.56 No.4、2003年