次亜塩素酸による殺菌メカニズム

無機化学のハロゲン元素について学習を進める上で、塩素の特性を知るために、次亜塩素酸による殺菌機構を題材にして理解を深めていきたい。

洗浄剤としても使用される次亜塩素酸は、細菌に対してどのような攻撃を施すのだろうか。

細菌と次亜塩素酸の性質を踏まえ、具体的な殺菌メカニズムを追っていく。

細菌について

細菌は核膜を持たない原核生物である。

核膜とは、遺伝情報を担うDNAを包む膜のことを指す。

細胞構造

原核生物の細胞は最外部が細胞壁によって囲われており、その内側には形質膜と呼ばれる生体膜が存在する。

細胞壁は丈夫で厚いが、イオンや低分子量の親水性分子を透過させる。

一方、形質膜は生命維持活動に必要な多くの機能を内包し、脂肪酸の疎水性層を形成している。そのため、イオンを透過させない。

つまり、殺菌のためには形質膜を損傷させることが有効策となる。

そこで、低分子量で電気的中性であり、腐食能を有する酸化剤の次亜塩素酸(HOCl)が最適物質として挙げられる。

次亜塩素酸について

次亜塩素酸(HOCl):塩素Clを水に溶かすと生じる酸

Cl2 + H2O ⇄ HCl + HClO

特性

① 強い酸化力を持つ

HOCl分子中のClは、酸化数が+1のClという状態で電子不足である。そのため陰イオンになりやすいCl原子としては、非常に不安定な境遇にある。

つまり他の物質から2個の電子を奪い、自らがCl になることを求める求電子種として作用する。この過程が殺菌メカニズムの肝となる。

② 溶液のpHに依存してHを解離させる弱酸である

HOCl ⇄ OCl+ H

溶液のpHとHOClの存在比率との関係は下図のようになる。

細菌の形質膜を透過できるのは、電気的に中性なHOClであるため、殺菌に用いる溶液はHOCl濃度が高くなるようにpHが調整されたものを選択すると効果的である。

次亜塩素酸による殺菌作用

① 酵素活性を失活させる

細菌細胞内には、求核性部位を有する分子が存在し、ここを求電子物質であるHOClが酸化作用として攻撃する。

例えば、ローンペアを有するチオール基(−SH)は求核性部位であり、この基を有する細菌の呼吸系酵素群は、HOClによる酸化で機能が阻害される。酵素は次第に活性力を失い、細菌の生命維持活動は遮断されていく。

② DNAの損傷を引き起こす

HOClはDNAを構成するヌクレオチドの塩基部を塩素化し、DNA合成を損傷させる。

③ 細胞の生育や代謝に必要なATP(アデノシン三リン酸)を浪費させる

形質膜を透過し細胞質内部に侵入したHOClはHを解離し、pHの低下をもたらす。細菌細胞は、細胞質内外のH濃度差を埋めるために、ATPの加水分解を伴ってHを細胞質外へ排出させる。

ATPは細胞の生育や代謝に必要な物質であり、これが消費されることで細菌はボディーブローを受けたようにじわじわと失活していく。

まとめ

塩素は強い酸化力を持ち、その性質は殺菌に応用されている。細菌の細胞内には生命維持機能に関わる求核性部位があり、塩素により酸化され、細菌は死滅していく。

このメカニズムを理解する上で、ある目的に向けて物質の性質を有効利用していくという、一つの発想パターンを確かめることができた。

<参考文献>
福崎智司. 次亜塩素酸による洗浄・殺菌機構と細菌の損傷.日本食品微生物学会雑誌