7月の夜にシベリアを想う

7月は実ジョブを意識した翻訳練習に取り組んでいます。

実際に仕事が発注されたと仮定して、納品期限を決めてそれに必ず間に合わせるよう進めている途中です。

今回は、バイオ分野で「免疫学」の色彩が強い発明の特許明細書を練習材料として選択。具体的には『キメラ抗原受容体』に関する内容です。

キメラ抗原受容体とは、ものすごく簡単に説明しますと、免疫細胞が癌などの悪性細胞と結合して攻撃するために使う「手」のようなもので、細胞に遺伝子操作を加えることにより作製することができます。

人体中のとてつもなくミクロな世界で起きていることを、文字を通して体験しながら翻訳する作業は非常にエキサイティング。翻訳中は、現実とは異なる時間の流れの中に身をうずめているような感覚があります。

1つの案件を完了させて、調査資料やメモ、翻訳文など一式をファイリングして書棚にしまう。案件をこなしていけばファイルが次々にたまっていく。ファイルにはそれぞれ異なる世界がつまっているので、背表紙を眺めれば大いなる旅を追想できる。

なんだか翻訳者の生活って、楽しげです。

5年くらい前だったでしょうか? ドキュメンタリー映画の『ハッピー・ピープル タイガで暮らす一年』という作品を観て静かに感動した覚えがあります。この映画は、シベリアのタイガで、厳しくも美しい自然と共に生きるハンターの生活を追っており、そのハンターが放った一言が今でも記憶に残っています。

「時間が経過するにつれてできることが少しずつ増えていく。それがこの上ない喜びなんだ」

究極のフリーランスとも言える孤独なハンターによるその言葉は、含蓄に富んでいて、かっこいいなと思ったものです。

初めのうちの狩りではまったく獲物を捕まえられなかった。信頼していた相棒の犬がオオカミに襲われてしまい嘆き悲しんだ。くたくたになって狩りから帰ると、拠点にしていた小屋が大雪でつぶれてしまっていた……。

トラブルに見舞われながらも、それを受け止め消化して、道具やスキルに磨きをかけ次につなげていく。このようにたくましく生きるハンターの仕事生活に、憧れと尊敬の念を抱いていました。

環境は全く違うけれど、フリーランス翻訳者としての仕事哲学を、彼のそれに可能な限り近づけていきたい。そんなことを考えた7月の夜でした。